“正しさ”では救えないことがある──
第70話「節介」は、支援の現場に立つ新沼が、朝井との静かな衝突を経て、
“支援者”としての自分と、“妹”としての自分の境界線に向き合う物語でした。
そしてその先に待っていたのは、「偶然を装った出会い」。
支援の名を借りた“越境”に、思わず涙が滲む一話です。
ここでは、朝井との対話、フミヤとの再会、そして涙の意味を丁寧に読み解きながら、
「節介」というタイトルの本質に迫っていきます。
物語の本題に入る前に、前回の流れをふり返る
→『住みにごり』第69話「大人」ネタバレ考察｜暴走した正義と、新沼が差し出す“名刺の意味”
※今回の第8巻では、より深く考察や感想を伝えたいと思い、各話ごとにネタバレ記事を分けて投稿するスタイルにしています。
最後には「8巻まとめ記事」も公開予定ですので、通し読みしたい方はそちらもぜひ。
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住みにごり第70話「節介」ネタバレ考察
“正しさ”では救えないことがある──
第70話「節介」は、新沼と朝井の対話から始まり、支援の現場での“ゆらぎ”が鮮やかに描かれた回です。
特に後半、新沼がふみやと再会する場面は、これまで抑えてきた感情が静かに溢れ出す瞬間でもありました。
「節介（せっかい）」というタイトルに込められた意味とは何か？
そして、支援という名の“越境”はどこまで許されるのか？
この記事では、心の奥をえぐるようなこの一話を深掘りしていきます。
支援の正しさとは？新沼の想いが交差する
場面は、ひきこもり支援団体「木陰」の事務所。
支援者同士として向かい合っているはずのふたりの間に、
見えない壁のようなものがゆっくりと立ち上がっていくのがわかります。
朝井ははっきりと言います。
「うちはアウトリーチやってないって、何度言えばわかるんだよ」
その言葉に、新沼はまっすぐ反論するわけでもなく、どこか自分を守るようにこう返します。
「本人には会ってません。現状を把握するために、ご家族の話を聞いただけです」
──でも、それは本心ではありませんでした。
表面上は冷静を装っていても、
新沼の言葉の奥には、「あれは正しい判断だったのだ」と自分に言い聞かせる声が、微かに揺れていた。
“支援”という名のラインを守ること。
“人として”の衝動に線を引くこと。
そのすべてに、新沼はどこか息苦しさを抱えていたのだと思います。
そしてそれは、支援者という仮面の奥に──
かつて「兄を救えなかった妹」としての記憶を、まだ持ち続けていることの証でもありました。
「私の兄と、会ってませんか？」
新沼は、フミヤに“偶然を装って”会いに行くことを決めます。
“偶然”を装ってでも、会いに行きたかった
「支援者」としては許されないことだと分かっていた。
スーパーのとんかつ売り場。
彼がそこにいると知っていたかのように、自然な流れで近づき、
ただ静かにその姿を見つめる。
「家に会いに行けないなら、偶然、出会うしかない……」
そう自分に言い聞かせながら。
このセリフの裏にあるのは、罪悪感ではありません。
それよりもずっと深くて、あたたかくて、どうしようもなく人間らしい、
“会いたい”という祈りそのものだったと思うのです。
木の窪みに座るフミヤの姿──世界から隔てられた静けさ
そして、新沼は見つけます。
祠の裏手、枯れた木の根元。
そこにぽっかり空いた窪みに、うずくまるようにして座るフミヤの姿を。
彼は誰にも見つからない場所で、
誰かに見つけてほしいような目をして、じっと木にもたれかかっていました。
その姿は、世界から切り離された“ひとりの人間”のありのままを映していて──
寂しさを声に出すこともできないまま、ただそこに居ることだけを選んでいるようでした。
彼の手元には、枯れた木の枝や、風に吹かれた花の残骸。
美しいものではない。
でも、それでも、彼にとってはそれが“今、生きている証”だったのかもしれません。
新沼は、そっと声をかけます。
「フミヤさん。私の兄と、会ってませんか？」
その声は震えていて、
気づけば、彼女の目には涙があふれていました。
支援の現場で泣くことなんて、ずっと禁じてきたはずだったのに──
この瞬間だけは、どうしても隠しきれなかった。
「支援者」としてではなく、
「ひとりの人間」として、思わず気持ちがあふれてしまった。
それは、正しさでも理屈でもなく、
ただ心の底からこぼれた、“ほんとうの想い”。
「あなたに出会えて、よかった」──
その気持ちだけが、すべてを超えて、
ふたりのあいだに、小さなつながりを残したのだと思います。
“節介”というタイトルの意味
最後に、この回のタイトル「節介（せっかい）」について。
これは“お節介”の旧字ですが、
「他人に深入りすること」「出すぎた真似をすること」を意味します。
けれど、新沼の行動は、出すぎた真似だったのでしょうか？
それとも、他人としては越えてはいけない一線だったのでしょうか？
きっと彼女の中には、自分を責める気持ちがあった。
でもそれ以上に、「出会えてよかった」と思える何かが、あったはずです。
それが、支援でも、正義でもなく──ただの“節介”だったとしても。
おわりに｜誰かを助けるということは、境界線を越えていくこと
の70話が伝えてくるのは、「支援の正しさ」ではなく、
その“あいだ”で揺れる人間の感情そのものでした。
新沼もまた、救われたかったのだと思います。
かつて兄を守れなかった自分の罪を、誰かの再生に重ねてしまう。
それはきっと、誰にでもある“にごり”なのだと思います。
読後、新沼の涙が、読者の心に染み込んでくるのは──
それが“節介”で終わらなかったからです。
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